植物身辺帳

種植えて新芽出て伸び葉が茂り蕾が出来てついに花咲く

神々の世界

 誰やらが若い頃にはジャズが沁みる時期というのがあるものだ、と言っていたのを聞いたときに思い出したが、中学1年生の頃、ふと気づくと活字の世界に浸り込んでいたときがあった。それまでは活字はあくまでも活字であって、意味を示すもの、言うたら意味を示すインクの染みであったのやけど、そのときはそれが自分を経由せずにそのまま内的世界と接続したような感じがして、それがしばらく続いたのを覚えている。不思議な体験であったし、ちょっとした狂気の感もあって今から思えば多少危なげではあるが、本を開けばその抽象が直截流れ込んで私において世界を象る、というのはその時の自分も感じていたように美しい体験であった。そしてその体験を誰かひとに伝えられるほどの言葉の持ち合わせもなく言い方も知らず、図書室の本はひとり少年の秘密の花園であった。(な笑いそ。)

今、こうして思い出すと仮初に本を象ったさまざまな世界への扉が思い浮かぶ

 

その一冊にグラハムハンコックの『神々の指紋』があった。これは10000年以上前の古代文明の存在を立証しようとした本で、アトランティスやムーを始めとした話がノンフィクション仕立てで語られていた(ように思う)。論の立て方やら考証の方法やらよろしくない評判も多く、オカルト絡みの扱いを受けているが、活字を覚えたての少年に真偽などわかろうはずもなく、というか内容自体もわかったようなわからんようなまま一生懸命読んで(超古代文明と接続して)いた。

 

先日、妻と娘と本屋ツアーをしたとき、デューク書店を経て古本市場に行くと、同じ著者の『神々の世界』(原タイトルは『Under World』)が80円になっていて心惹かれてしまった。  世界史、世界史、と思っていたら変なところへ迷い込んでしまったらしい。

事実に対する敬意、ということを考えたりしていたところであったにも関わらず、別の私の声で、読むリテラシーはしっかりできたじゃないか、君なら事実と事実でないところを分けながら読めるよ、などとどこかで言うので買うた。買うてしもうた。

そして帰って読むと面白い。どうも困った話だ。

 

神々の世界(上)

神々の世界(上)

 

 

下巻には噂の与那国海中遺跡の話があるのか。

なんかもうちょっと信頼できそうな本であればと、それだけが(かなり)惜しまれる。