植物身辺帳

植物身辺帳

種植えて新芽出て伸び葉が茂り蕾が出来てついに花咲く

批評の営み-河出の文藝別冊・丸谷才一

今回の河出の文藝別冊は丸谷先生特集。

ユリシーズ言語空間の案内に身を任せたり、機嫌良い対談の雰囲気を味わったり、そういうのが安心してできるのは、丸谷先生のお人柄によるものだろう。

批評、評価、評論あるいは単に「評」についていろいろとあらためて考えるきっかけを与えてくれる一冊である。

特に尽くしものの対談がよかった。

 

文化は批評から成り立つ、というのはやはりあって、批評というのは何かというと、やはりコメント、あるいは注釈。

そしてその前提として、土俵を共有することが必要となるから、ここには言挙げという原初へのコメントが、すでに含まれている。

 

無限遡及の戯れ。神道のひとは、神道では言挙げしないよ、って言うけど。

そのへん、すべての西洋哲学はプラトンへの注釈である、ってい誰かの言葉は穿ち具合が心地よい。

丸谷先生が、ユリシーズはフランス象徴主義から、バロックからを踏まえてて、なのでそういうところを押さえてなくっちゃという話をしてて、それにそこにはルキアノスとかウァロとかそういうメニッペアも含みとしてあるから、その辺も押さえなくっちゃね、というようなことをおっしゃっているのは、含みつつコメントしていく批評のダイナミクスがかいま見えるように思う。

 

尽くしのところには、含みつつずらしてゆくような動きもあって、すこぶる面白い。

そういえば尽くしもの尽くしのあたりで、ポトラッチの祝祭を祝詞から始める、というような話があったが、これこそがまさに評することの本義であり、また本記かつ付記であろうと私は思う。

 

よい企画である。

どう企画内バックナンバーの河合先生特集も読めたらいいなと思います。

 

丸谷才一 (文藝別冊)