植物身辺帳

植物身辺帳

種植えて新芽出て伸び葉が茂り蕾が出来てついに花咲く

ダリアが咲く晩秋

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晩秋のダリア咲く、ほんとうにこの世のものかこの紅は。

やったー

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ペンタスは咲いては蕾が現れて、長く花を咲かせている。

アフリカ原産だそうで、寒くなったら室内へ持ち込む。

と、そういえば室内のどこに置こうか、台もこしらえようか、そんなんも来月には考えようか。

 

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妻の思いつきが芽を出して、元気に蔓を伸ばしている。

水だけでこれやから畑に植えたらよく増えるんやろなあ。

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おじゃがさまは今日も凸凹とひとり磯めいてあられる。

うーん、1畝(せ)ほどの土でもあればだいぶ遊べそうな。

家族が増えた今こそあらためて畑をやりたいものだ。

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十三大橋を梅田方面へ。

中津の友達のところに遊びにいくとき気が向けば、十三から20~30分ほど歩いている。

淀川を渡ったらすぐだ。

左隣は阪急。3つの流れが十三で落ち合い、梅田へと流れこんでいる。

 

この橋を渡るとき、私は自分がニューヨークを歩いているような気がする。

気がしてどうというものではないが少し楽しい。

いきほひのいきほひたるや秋津島

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9月は書かんかったねそう言えば。

それにしても串本の海は美しい海でござったネ。

三宅くんとハルちゃんのおかげで行けたよ、ありがとう。

色々ご迷惑もあったようでゴニョゴニョ。

 

さて10月、台風が行ったり来たりしている。

同じやつが往復するわけもなく、もちろん次々に来るわけやけど、そんなに来てたもんかね台風ってやつは。

それに今年のやつはコースがいい(?)せいか知らんがド直撃もええとこで、来る度毎にいきおいに充ち満ちておるのがおそろしい、あるいはおとろしい。

 

いきほひ(勢い)とは古い言葉で、息や活きなどとも通じるようだ。

これはドラマを内包するというかなんというか、面白い言葉だと思う。

急であるだけでは勢いではないだろうし、速いだけでも勢いとは言えない。

何か状況をその勢いで動かしてしまうような何かを勢いと言うように思う。

 

「気迫」なども似た言葉だ。

あるいは「覇気」もこの語の近くにありそうな。

 

これまでここんとこ言葉の世界から離れて、離れると人を直視できない。
なぜかと言うとそのいきほひをまともに受けることはなかなか大変だからである。
眩しいだけでなく色々込みだ、マアそれが人間、コワヤコワヤ。

(それにしても言語世界と物理世界の離れ方たるや如何!

 

なんか昔の俳人(?)の帳面に書いたエッセイのよくわからんやつみたいになった。

 

掃除が好きになったのは2本目の箒を買ってから。

ボーズリの先みたいな形のブラシはもらった、ヤッピー。

最近は晴れればよく乾くので洗濯をして干すのが大好きになった。

乾かないから雨はいやだね。

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これは洗濯物ではなく玉葱。
干したあるというより吊ら下げたあるだけや。

この後、風に揺さぶられて落ちた。

(そうやった!この引っ掛け方は落ちるんやった!
何回目か知れん、せっかく愛媛から大事に大事に背たろうて帰ってきた玉葱。
凹んだのは今日食べよ。

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これね、ブラシ。持ち手の棒は除けた。緑のボーズリより柔らかくて繊細。

(そう言えば緑のボーズリ、ないと思えば倉庫に置きっ放しや。)

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先日作ったシリーズ、書見台。というよりも夜な夜なビールやワインのための台と化している。化かし元はもちろん妻。(そんなん言うたらどやされるで〜

 

(この言葉使いももうええか。

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さて先日作ったシリーズ第二弾は娘のモバイルハウス2nd。

なんと木工の技法を駆使して成し遂げられた素晴らしい仕事。

前回のダンボールハウスも確かに良かった。

しかし今回の木工モバイルハウスへ入った人はそれが前回と大きく異なっているのを発見するだろう。

特に固さ!

 

Yeah, anyone who entered this Wooden-Mobile-House for Kinue will find that it is very different from the previous one. Yes, it's strong, ya.

あと大きめの棚とか中ぐらいのカウンター的な机とか、他に細々。

写真はあるけど、もうその上に色々あるから。

作ったシリーズはそんな感じです。

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葉が全部落ちて新芽が出てきたイチジク。

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弥栄弥栄の擬宝珠三兄弟。

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芙蓉はチト元気がないかね。

ゆっくりやりたまえよ。

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冒頭のこの写真。
左のリュウビンタイは愛媛で入手した。ヤッピー。
右のハゼとはなんとなく似ているがこれはイルカと鮫の似ているという例の進化収斂というやつではあるまいかな。山で光を集めやすい形?

リュウビンタイは、感触としては竜鬚っぽいが魚鱗・竜鱗から訛ってビンだというのが牧野先生の説だそうな。江戸時代の後期に流行ったとかで、万年青やら松葉蘭やらなんともマア変な時代であることよ江戸は。

というわけで10月は風向きが変わって快い。

8月はゆっくりした。

前半は長野で過ごしました。

チェンバロを触らせてもらったり、清里の野外バレエを観たり、胡桃を拾ったり、高原を歩いたり、川に浸かったり、日本酒を飲んだりビールを飲んだりしました。

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途中遊びに行った松本は、人皆優しかった。少し涼しい時に行きたい。

住みやすいだろうなあと思う。

帰って賃貸屋さんのHPに発見したある物件などは並外れた眺望良好具合で、アルプスからアルプスを一望といった趣きだった。

そんなところで生活すると楽しいだろうなあと思う。

 

さて、帰ってきてお盆は亡くなった人々を思い、悲しみとともにまたゆるやかに過ごし、それから20日ごろにはスペイン革命のことを色々調べたり、youtubeで超かっこいい動画を見つけたりした。

youtu.be

悲しみや寂しさ、怒りや喜びをしばしば味わってなかったと思う。そういう時期があったと思う。

それへと心を開くのがこわかったのやと思う。

そして別のことで気を紛らせたり、紛れない時は目を閉じたり。

 

けどやっぱり一旦閉じてしまうと全部閉じてしまうというか、それだけ締め出すというわけにはいかず、なんか面白くないなーと思いながら過ごすことになる。

このところ面白くないというのにさえ、不感症みたいになりそうになっていた。

 

そうすると不思議なもので腹や腰の周りがこわばったりする。

心と体が重なったものやとしたら、心の腹や腰の周りに悲しみや喜びといった感情があるのやろか。

準備ができると、ゆったりとゆるむ。

準備とは、観ること。

坐ったり横になったりして。

 

さて、24〜26日は綾部のA氏のところへ家族で滞在。

日本酒を飲んだり、様々話をしたり、陶器を眺めたり、宮津に泳ぎに行ったりした。

イカの絵を描いたり、虫を捕まえたりもした。

 

宮津は美しいところだ。

少し山手から眺めると、平地からそのまま青い海へとつながっている。

伊根町には舟屋があって海の暮らしが生きる。

天橋立真名井神社、元伊勢。

酒蔵も多い。由良川には鮭が溯上する。

住んで烏賊を釣りに行ったりする生活は楽しかろうな。

 

仕事を持っておけばどこにでもいけるだろう。

そういうわけでこのところ仕事のあり方を考えたり取り組んだりしている。

2020年ごろが目標だ!

暑い時には仕事を早く切り上げて有馬温泉に行くのがいい。

先日、Kやんが来てくれて仕事を1つやって、早めに終えたその場所が宝塚の近辺だったのでそのまま有馬温泉に行った。

銀の湯に入る。

湯、すこぶる好し。

このところシャワーばかりで湯を溜めてなかったのもあって一層の事だ。

 

妻のお母ちゃんと電話で話していた時に、母ちゃんが今年は「暑さに負けずに」でなくって「早めに負けを認めて」がいいわね、と言っていたのでナルホドと思ったが、まさにその通りで今度のこの夏の暑さには可及的速やかに降参するのが賢明だ。

バシャールも言っていたではないか、降伏は自分の全体を受け入れる声明であると。

そして人が何かに負けた時、負けを認めるのは早ければ早い方がいい。

 

というわけだ!

ここらで仕事を切り上げて、

温泉にざぶんと飛び込もう(かけ湯はしとけ)

浸かったらさっさと出よう(出る前に体は拭いとけ)

出たらビールを飲むんだ(飲酒運転はNO)

そして君と君の世界が迎えた夏を楽しめ(全力で!)

 

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ここは念仏寺。沙羅の花の有名なところだそうで6月ごろ行きたい。

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炭酸泉源がちょっと上がったところにあって、温泉が飲める。そこにあった石碑だ。

"炭酸泉記"かな

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書いてる書いてる、攝津國有馬郡湯山等々。石碑は面白い。

先日は船場Edionのバリカンを見ていたら、髪の毛が残っていて誰かがそこで髪か髭かを剃ったようでアホな奴がおる、と何かうれしいような面白いような気持ちが込み上げて来た。

それと同じにしたら怒られるかな、石碑の方がはっきりしているけれど、それらが持っているのがどういう力かと言うと、世界が確固としてあると示す痕跡としての力だろうと思う。

世界はすぐになくなるのだ、蒸発と言ってもいいだろう。

そこにあってこうした痕跡のいかほどに貴重なことか。

現在の世界を見よ。誰か石碑を彫って世界を確かめてくれ。それかそれか電気屋のバリカンでモミアゲを剃っていけ。

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炭酸煎餅屋さん。涼しげ〜

 

おまけにうちの植物たちの様子。

おかげさまで皆元気です。

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暑中お見舞い申し上げます。

夏らしい夏よ この7月の暑さは

先日の雨の影響はどうなったろう、わが故郷、また広島、岡山、岐阜の方も。

その前には北海道も雨の被害を受けたと聞く。

もっとも暑い時期、できるだけ涼しくして過ごしてほしい。

被災地の安寧を願う。

 

 

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先日、父母が大阪まで来てくれた。

東寺へ行きたいとのことで蛍池村上家と5人でドライブ。

こちらはその時の蓮。

 

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行けそうなら醍醐寺もと言っていたので、足を伸ばしてみる。

写真は醍醐寺の大榎。

その榎の足元に父が写っている。

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なんという店だったかその昼に行った中華料理屋の階段に飾られていた絵。

こんな絵が描けるようになりたい。

 

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最近は変な植物に興味が出て、店に行ってもこんなんばかり見ている。

ソテツみたいな奴はパキポディウム・ラメリー、アガベは吉祥冠という品種だ。

アガベも今は成長期のようで、日毎中央から外へ向けて一枚一枚開いている。

見ていると小さい時の頃やその頃の事、その頃の自分の心を思い出したりして面白い。

そうなるとウイスキーもまたうましである。

 

その頃の自分の心、と言うた。

いつの頃かの自分の心が蘇る事はあるか。

私にはそれがとても貴重で尊い

その度毎にとても懐かしく感じられる。

そしてまたそれを感じさせてくれるもの。

それはトリガーか、あるいは心を宿したものか。

何れにしても、それらも同じように尊く感じられる。

 

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外壁の修繕も大方出来上がり、足場も解体を待っているようだ。

こっそり登ってみたりなど。

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阪急電車の車内。

スヌーピーの電車に乗れると楽しい。

眺めていて小学校の頃、スヌーピーが好きでよくノートに書いていたのを思い出した。

"You probably know me better than anyone."

そうかそろそろ七夕。

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2人の1年に1度会う日を祝う、なんとも美しい風習。

「天の河の東に織女有り、天帝の女なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし。天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す」(「天河之東有織女 天帝之女也 年年机杼勞役 織成云錦天衣 天帝怜其獨處 許嫁河西牽牛郎 嫁後遂廢織紉 天帝怒 責令歸河東 許一年一度相會」『月令廣義』七月令にある逸文

七夕 - Wikipedia

この六朝時代の史料が現在語られるストーリーと同じ型になった最古のものとwikipediaはしている。

「たなばた」の語源は『古事記』でアメノワカヒコが死にアヂスキタカヒコネが来た折に詠まれた歌にある「淤登多那婆多」(弟棚機)又は『日本書紀葦原中国平定の1書第1にある「乙登多奈婆多」また、お盆の精霊棚とその幡から棚幡という。また、『萬葉集』卷10春雜歌2080(「織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者将長」)たなばたの今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年は長けむ など七夕に纏わる歌が存在する。

彼岸と此岸の出会う様子、あるいは春と秋の出会う様子か。陰と陽か。

ほとんどの神事は、「夜明けの晩」(7月7日午前1時頃)に行うことが常であり、祭は7月6日の夜から7月7日の早朝の間に行われる。午前1時頃には天頂付近に主要な星が上り、天の川、牽牛星織女星の三つが最も見頃になる時間帯でもある。  

天文学と神話と暦とが繋がっている時代は良いな、と思った。しかし先日読んだ文章に「今の時代はそう特別なものではない」と書いてあった。それからするとどうなるだろう。「スペースX」が我々の神話。マア、あながち外れたものでもないか。

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着陸させて再使用するみたいな計画もあるようで、なんともはやの感アリ。

やはり自分のいる時代を客観視するのは難しいものだ。

 

雨の降るたび暑くなる梅雨。

暑中御見舞い申し上げます。